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【新・関西笑談】探せ未来の虎戦士(2)阪神スカウト 田中秀太さん(産経新聞)

 ■入部2日目で満塁ホームラン 父子鷹で野球に打ち込む。

 −−名門の熊本工高出身だし、九州では抜群の知名度なのでは

 田中 いや、ボクのことを知らない方は結構いたけど、おやじのことは、みなさん、よくご存じで「昔、君のお父さんにお世話になったよ」「あの方の息子さんですか」とよく言われるんですよ。

 −−お父さんの久幸さんは社会人野球の日産自動車、熊本工高などの監督を務め、平成18年に59歳で他界した

 田中 こんなことを言ったら天国から「生意気だぞ」と怒られそうだけど、改めておやじの偉大さがわかりました。

 −−「スカウト秀太」にとっては強い味方になる

 田中 でも、それに甘えていたらダメ。おやじのコネでできる仕事ではありませんから。それは自分にも言い聞かせています。

 −−野球をやるキッカケになったのは、お父さんの影響だった

 田中 もちろん。おやじは現役時代、名二塁手でプロからも注目されていたが、ケガで指導者になった。ケガがなければ、ボク以上に活躍していたとよく聞かされました(笑)。

 −−じゃあ、息子をプロ野球選手にしようという思いは人一倍強かった

 田中 実は小学5年生になるまで野球をやらせてもらえなかったんです。スポーツは剣道、それにピアノと書道を習っていました。ピアノというのは笑うでしょう。

 −−お父さんなりの考えがあったんだろうね

 田中 ピアノは長嶋(茂雄、元巨人監督)さんも習っていて、書道は集中力が養われるとかで。メジャーリーガーは学生のとき野球だけでなく、アメリカンフットボールなど違ったスポーツをやるという話をよく聞くでしょう。「いろんなことに興味をもって視野を広げなさい」という意味があったみたいです。

 −−その成果のほどは

 田中 ボクは歌を歌っても音痴だし、字も汚いとよくいわれます。結果的にプロ野球選手になれたし、ケガらしいケガもなく現役を15年もやれた。おやじの教育は間違っていなかったと思うようにしています。

 −−熊本工高を選んだのもお父さんの勧め

 田中 福岡の私学からも誘いはありましたが、最終的にはボクの判断。甲子園に出場できる確率が一番高いということで決めました。よく「父子鷹」といわれていましたが、野球に関しては、あまり口うるさく言わなかった。

 −−熊本工高ではどんな選手だったか

 田中 1年の春というか、入部して2日目に試合があって、代打で満塁ホームランを打ったんですよ。それからは3番で遊撃手。3年のセンバツに出場したとき、スポーツ新聞で『プロ注目の選手』と大きく報道されました。地元では有名だったんですよ。

 −−プロではどの球団でプレーしたかったのか

 田中 ボクは横浜ファンでした。巨人からも話はありましたけど、当時はすごい選手ばかりで、入団しても出られないからいきたくなかった。地元のダイエー(現ソフトバンク)はまだ弱かったし。

 −−阪神にドラフト3位で指名されたときは

 田中 横浜にいきたかったから、少しガッカリでした。でも、おやじは「自分の夢だったプロ野球選手に息子がなってくれる」と手をたたいて喜んでくれたことは、いまでもよく覚えています。(聞き手 三木建次)

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